ボクが転職した悲惨なワケ

社会人になって二十年ほどになるが一度だけ転職したことがある。12年前のことだ。当時、僕は三十代に差し掛かった働き盛りで、大卒後に就職した会社で充実した日々を送っていた。仕事は忙しく、上司は厳しかったけれども、営業という職種が僕の性格にマッチし、他部署に配属された同期入社の連中ともウマがあって、慌ただしくも楽しい日々を送ることが出来ていた。今思えば社会に出たばかりであらゆるものが新鮮に僕の目には映っていただけかもしれない。そんな職業生活を送っていたので「完璧ではないけれども充実しているし、このままこの会社で定年まで働こう…」と当時の僕はぼんやりと考えていた。本当に僕の中には退職や転職という考えは全くなかったのだ。

けれどもそれから間もなく僕はその会社を退職することになる。転職先の目処も立っていないうちの、追い詰められての退職だった。下手な撤退戦だった。

勤めていた会社に迷惑をかけるわけにはいかないので具体的に語らないけれども、僕が配属されていた事業部のトップ、つまり直属の上司たちが不正を働き、その余波で僕は追い詰められるように退職したのだった。もちろん僕は不正に加担していない。

上司たちの不正はカネ目当ての、世に起こる犯罪行為に大方がそうであるように、好意的な言い方をすれば大胆な、悪意に満ちた言い方をするなら、稚拙で雑なものだった。借金で首の回らなくなった上司たちは、偽請求や空請求という手段でカネをかすめ取っていたのだった。

その不正は数ヶ月で発覚して上司たちは懲戒解雇となった。発覚する前の事業部の成績は絶好調で、他の事業部から反感と嫉妬が混じった目線を送られていた。不正発覚後はその反動と、不正が原因で賞与が減ってしまったこともあり、容赦のない罵声となって残った僕ら部下にぶつけられた。「お前らがバカをやるから」「ずっとズルをしていたのだろう!」大半の真っ当にやってきた仕事までもが否定された、あの悔しさは今も忘れられない。

僕らには不正の後始末が待っていた。偽請求や空請求と実際のカネの動きの摺合せ、要は杜撰な犯罪に整合性を持たせるというつまらない作業だった。何百枚のでたらめな請求書との格闘と、周囲からの罵声で残された僕らは消耗し、一人また一人と辞めていった。この仕打ちは会社からの懲罰的な意味合いもあったのだと思う。

すべての処理が終わったとき僕も会社を逃げるように辞めた。転職先も何も決まってなかった。ただ、その場所に居続けたくないと思ったのだ。その経験が僕からピュアネスを完全に奪った。以来、会社や仕事に対しては不信感から入るスタンスを取るようになってしまっている。悲しいことだ。

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退職後の僕はボロボロの状態で、転職活動もままならず、一年弱ほど無職になってしまい家族に迷惑をかけてしまった。痛恨の極みだ。今度、職場を辞めるときはどれだけ感情的な退職であろうとも、転職先を見つけてからと強く思っている。

転職って現状への不満からとかキャリアアップのためとか色々な理由があるしあってしかるべきだと思うけれども、今のところ一回しかない退職転職で気がついた教訓がひとつだけある。それは「うまくいっているときこそ警戒すべきである」ということ。

実際、充実していた職場生活の中で、上司たちの羽振りのいいギャンブルトークに不信感を抱いたときはあった。まさか会社で不正を働いているとは夢にも思わなかったけれども足元をすくわれるピンチの兆候はあったのだ。充実した仕事、伸びていく業績、数字。それらポジティブな要素に目を奪われ、僕は危険の芽に気づきながら何も出来なかった。

少し極端な事例かもしれないけれど、順調なときにこそ備えておくべきだ。僕はあまりにも無策すぎた。転職先を必ず抱えておけというわけではないけれども、今の素晴らしい居場所が未来永劫に安泰な場所だと錯覚しないことが大事なのだ。

最後に。懲戒解雇になった上司たちは仕事だけでなく家族も失うなど散々な人生を送っているらしい。それに比べれば転職活動がうまく行かずに一年間無職になるくらいは全然マシなのでマジメにやるだけやってケセラセラ。それでいいと思う。

著者プロフィール

fumiko100

フミコフミオ

海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です。ここ10年は食品業界の片隅で生息しております。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。内容はナッシング。けれどもなぜか上から目線。更新はおっさんの不整脈並みに不定期。でも、それがロックってもんだろう?ピース!

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