僕は沖縄県の石垣島という土地で生まれ育ちました。沖縄本島からさらに飛行機で三十分、八重山諸島に属するこの石垣島は日本有数の美しい海と豊富な自然、独特の文化風習を有する日本きっての観光地であり、人口約五万人。どこか異国の雰囲気を感じさせる南の小さな島。自分の故郷をそう紹介するのも、なんだか気恥ずかしい気がします。
主な産業は農畜・漁業・そして観光。未だ、都会の人に石垣島からきたと告げると「日本のテレビは観られるの?」「携帯は繋がるの?」「コンビニはあるの?」などと尋ねられることはありますが、生活インフラも現代文化も充分すぎるほど整っており、スタバもヴィレバンも牛丼の吉”田”家もあります。
現在の僕は横浜在住なのですが、どうして島を抜けだして厳しい都会へやってきたのかというと、見聞を広めたかったという思いもあったのですが、一番大きな理由として「就職難」が挙げられます。就職難なんていまどき、どこでも一緒だと思われますし、実際そうなのですが、石垣島の場合は少し特殊な背景を抱えているのです。
それは昨今の「移住ブーム」。都会での生活に疲れたり、ロハスな空気に憧れたりする人が癒やしとゆるやかな生活を求めて、毎年のように老若男女問わずに大量の人間が石垣島へ移住してくるのですが、さすがの石垣でも当たり前なことに、働かないと生活はできません。なので石垣島の求人は、地元住民と移住者達によるパイの奪い合いになるのです。
しかし、外部から来た人間が農畜産業や漁業などの分野に就くことは、求人や自治体のサポートなどがないのでほとんど不可能に近く、石垣の主要産業に就くとしたら自然と観光産業に偏ります。実際、石垣島の数少ない求人は、ホテルや観光客向けレストランなどの観光産業が大半を占めています。
これは僕が石垣のとあるビジネスホテルに働いていた頃の話なのですが、フロントから調理師、掃除のおばちゃんに至るまで、僕以外のほとんど全員がここ数年本土から移住してきた人達だったことがありました。観光客をサポートしなければならないのに、働いているのは土地勘の薄い人ばかりというのはジョークのようにも思えますが、いま思えば他所からきた人だからこそ観光客向けの考え方が出来るのだと思えば、わからなくもありません。
育ってきた環境によって培われる考え方の違いが大きいというのもあります。石垣島の人は沖縄県民ならではの、のんびりとした気性と親族同士の支え合いの精神が伴っていることもあり、僕はそれを誇るべき長所だと思っているのですが、家族からのサポートが強い人によっては「しっかり働かなくても、少ないお金でそれなりに生きていける」という環境があります。そうなると、ガッツリ職歴を積もう、技術を磨こう、資格を取ろう、競争に勝とうという意欲が湧きづらくなるのです。
一方、石垣に移住する余裕のある人達は、本州のほうでもある程度収入のある仕事をしてきた人達なので、高度な資格やスキルが伴っていることが多く、おまけに石垣への憧れが強いので島への奉仕=労働に対する意欲が強い。企業の人事がどちらを選ぶ傾向があるのかと言われれば、結果は見えているようなものです。
そうなると、若い島民や仕事のあてがない島民は僕のように島の外に出ようとします。すると島の求人はますます増えていく移住者に取られやすくなり、地元で働きたい島民が煽りを喰らい……という悪循環が続くばかり。
以前、シーサー工房で働いている若い女性二人に話を聞いたところ、週六日、一日十二時間勤務で、月七万円という、労働基準法に中指立てるような環境にいると話していました。さすがに暮らしていけないので、喫茶店のアルバイトも兼業していると。島への憧れがあるので続けているようなのですが、やりがい搾取だといえばはいそれまでヨという状態なのです。あるバーには、時給350円で働いている友人がいましたし、そのような話は島内においてすでに珍しくありません。
しかし、移住者はいくら労働力を買い叩かれても、支え合いの精神で手を差し伸べてくれる心優しい島民がいるとは限らないのです。たいがいこの支え合いの精神は、身内にのみ与えられるものだからです。元々、観光客でもない限り他所の土地の人間に対しては排他的な傾向があるのは、どこでも同じことです。
無論これらは一例のうちで、全部が全部そうだというわけではありませんし、当然ながら移住するもしないも自由。働くも働かないも自由。ただ、憧れを持って石垣の土地に転職する人に知っていてほしいのは、決して歓迎されているわけでもなければ、簡単に打ち解けるわけでもなく、労働力は不当に買い叩かれてしまう環境にあるということです。ちなみに移住者が挫折して一年以内に本州に帰る割合は80%だと言われており、そんな状況だと島民の間で移住者に対する不信感が募るのも無理もないこと。
僕としては移住者が増えること自体に嫌気は指していません。移住者が石垣の状況を理解し、島民もまた移住者に寛容になり、お互いにいい刺激を与えることで労働環境や就職状況が改善され、みんなが納得するような関係性を築くことが出来ればと思っています。ここで書いてきたことは氷山の一角に過ぎず、まだまだ問題は山積みですが……。
それでも耐えられるという人は石垣への転職をご検討ください。海は綺麗だしソーキそばは美味しいし、あと最近はミドリムシの養殖が売りだそうですよ。
著者プロフィール
星井七億
会社員兼ブロガー。小説ブログ『ナナオクプリーズ』で「桃太郎」や「走れメロス」などを面白おかしくいじった記事を書き続け、ちょっとだけ話題になる。
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