「妥協」の重要性を教えてくれた上司の話

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 こんにちは。星井七億です。普段はブログでおふざけのような文章を書いている人間ですが、実は現在医療関係の会社で正社員として毎日不真面目に働いています。
 今回、「みんなの転職」さまからご寄稿依頼を承って、大変恐縮ながらこのようなコラムを書かせていただくことになりました。
 さて、有意義な転職活動を志している皆様に向けた記事としては非常に後ろ向きなタイトルで早速心苦しいのですが、今回はこれに至る背景となったエピソードを皆様にお話したいと思います。

小さな島の就職事情

 僕が生まれ育ったのは沖縄県からさらに南の果て、八重山諸島にある石垣島という観光産業で食べている小さな南の島なのですが、この島、とにかく求人がないのです。
 都会ですらなかなか仕事が見つかりづらい昨今、田舎ともなればどこだって仕事不足に悩まされているものです。僕は現在横浜在住なのですが、島を離れた大きな原因のひとつも「仕事が無い」ことでした。

 そうなると、やりたくない仕事を選ばざるをえない「妥協」の状況も必然的に出てくるわけです。無論、現代はどこの土地であってもやりたい仕事を自由に選べる事自体、とても少ないご時世です。僕もまた、妥協で仕事を選んできた人間でした。いろんな職を経験して、やらなければよかったと思う仕事こそ運良く巡り合わなかったものの、就きたくて就いた仕事はあったかと言われれば怪しいところです。

 夢や理想ややりがいがあったなら、意欲を持って仕事にも望めます。しかしこの頃の僕には余裕がなく、夢や理想ややりがいを口にするより今ある仕事を維持することのほうが大変でした。
 妥協は人から意欲を奪います。この頃の僕は、それを絶対の悪だとばかり思っていました。

不幸にならないための「妥協」

 二十二歳の夏、会社が潰れたことをきっかけに僕は石垣を飛び出し、横浜で住み込みの配送の仕事に就きました。配送の仕事そのものは毎日とても忙しかったとはいえ可もなく不可もなく、それよりも石垣にいた頃よりずっと多くの賃金がもらえ、おまけにオフには都会を謳歌できるとあって、それなりに充実した日々を送っていました。

 ですが、やはり何か足りない。お金もあるし街は楽しいけれど、稼いで溜め込み消費するだけの毎日。それが悪いとは思わないけれど、何かひとつ心踊るものを感じない。僕の中にはどうしても、これはやりたい仕事だっただろうか、心の底からやりがいを感じられて、終生付き合っていきたいと思える仕事を若いうちに見つけるべきでは? この広い街では、それがどこかに転がっているはずなのでは……という思いに駆られたのです。今思えば、単に都会に出て気持ちが大きくなっていたのかもしれません。

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 働き始めて一年が経った頃、僕は夕方の配送の最中に目に入り込んだ西日の光に視界を奪われたことで電柱に真正面から激突するという事故を起こし、悪いことは続くものでそれを皮切りに仕事でミスが相次ぐようになりました。
すっかり自信を奪われた僕はここで自分を奮い立たせればいかぬものを、心のどこかにあった「これは自分が妥協で選んだ仕事だから、きっと自分には向いてなかったんだよ」という思いから、徐々に自分の仕事に対してネガティブな感情が生まれつつありました。ネガティブな感情は向上心を奪い、連鎖的に仕事のミスは増え続け……。

 ある日、オフィスで上司と二人きり、デスクワークをしておしゃべりをしていると、僕の元気がない事に気づいた上司が心配の声をかけてくれました。この道二十年のベテランである上司は、どこかつかみ所のないひょうひょうとした性格でした。
僕は自分の本心を上司に打ち明けようか悩んでいたのですが、誰かに愚痴りたいと思っていたこの頃、この上司なら怒らずに聞いてくれるかもしれないという謎の確信があり、ついつい黒い感情が口からこぼれ落ちてしまったのです。

「いや、もしかして僕はこの仕事、向いてないんじゃないかと思って。やりたかったとかじゃなくて、一番島を出やすかった仕事を選んだというか。配送の仕事自体は、色んな人の役に立ってる素晴らしい仕事だとは思ってますけど、自分に適性があったかと言われると、まずこれ以上続けられるかどうか……」

 上司はいつものとぼけたような表情でほーほーと頷きながら、それでも普通の上司なら檄を飛ばすような僕の愚痴に真剣に耳を傾けてくれました。

「つまり、お前は妥協して就いた仕事がたまたま自分に向いてなかったと言いたいんだな。だから失敗が辛いと」

「いや、無駄にプライドが高いだけかもしれません。妥協を言い訳にして、向上心を捨てているだけなのかも。自分だってそういうの、ダサいなってわかってますもん」

 そう、この頃の僕は仕事に対してだけではなく、自分自身にもネガティブな感情を抱いていたのです。妥協して選んだ、だからダメだったんだと、自分に都合のいい逃げ道を作っていることに対する自己嫌悪にも苛まれていました。
 ですが上司の語り口はそんな僕とは正反対に、羽のように軽いものでした。

「お前、失敗が続いたというのを『これは自分に向いてない』って思ってるんだよな。つまり、自分に失望しているわけでも、仕事に失望しているわけでもない。自分の能力に自信があって、かつ仕事そのものを尊重している。だから失敗を受け入れるのが辛い。いや、すごいと思うよ。俺にはできないよ。妥協して選んだものや自分の能力に、そこまで拘れるなんて。俺だったらそこまで悩まないな」

「でも、本当は妥協なんてしたくなかったですよ。でも、どんな風に選んだ仕事であって、やりがいを見つけて成長しなくちゃならない。働くってそういうものじゃないですか。せめて、気持ちの面まで妥協したくないんです。でも心が妥協を選んでしまう。こういうのはいけないってわかっているのに」
「お前は強いなあ。いいじゃん、妥協。俺だってこの仕事、妥協で選んだものだからね。やりたかったかと言われれば『特に』としか言えないな。じゃあお前、妥協してなかったら何かやりたいことがあったのか?」
「いや、まあ、特に……」

その問いかけに、僕は明後日の方向を見つめました。そう、偉そうなことを言う割に明確なビジョンなんて何も見えていなかったのです。すると上司は笑顔で続けました。

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「じゃあいいじゃない。今はまだ、妥協で。いや、俺は妥協するのいいと思うよ。妥協っていうのは、マイナスを受け入れる姿勢のことだろ。他の人は違うだろうけれど、俺の中ではかなり重要だよそれって。特に仕事っていう、一生付き合っていくかもしれないものに関してはね」

「逆じゃないですか? 一生ものだからこそ、自分の本当にしたいことを見つけて、全力で追いかけるべきじゃないんですか?」

「そりゃ、それができたら最高だろうな。幸せだろうなとも立派だなとも思う。やりたいことがある分には越したことはないよ。でも俺の場合は違う。だって俺には、理想がないし、見つけるものだとも思っていないから。昔からそう考えてた。仕事に対してはね。お前、多分仕事経由で幸せになりたいんだろうな。実力を認められたいとか、もっとバンバン稼ぎたいとか。だから理想の仕事ってやつを重要視するんだな。

でも俺は仕事で幸福になりたいんじゃなくて、仕事で不幸になりたくないんだよ。

自信や健康を損なったり、孤独になったりしたくない。それさえなければ全部必要最低限の結果でいい。だからいつでも、業務に対する期待値を下げてるの。自分の能力は、高く見積もってないの。必要以上に高い理想を持ったり、やりがいを自分から探しに行くような真似はしないのよ。こういうこと言うと、仕事に対する意識が高い人からスゲー叩かれるかもしれないけどさ。何もかもふりきって追いかけたい夢とかやりたいこととか、昔からそういうのがない俺にとって仕事は食い扶持以上のものじゃないから、だから自分の仕事ってものに対する認識は、いつでもどんな仕事でもマイナスから始めてる。

そうすれば、理想と違ったりした程度じゃその仕事を嫌いになることはないし、他人に迷惑がかからないレベルなら、失敗しても当たり前だと思って挫折はしない。

成長意欲は諦めた。いつまでも思い悩んで、ネガティブな感情を引きずったりしない。何も産まないからね。それに俺はこう見えて打たれ弱いから、いつ殴られても大丈夫な心を持つために、自分にも仕事にも妥協することで『まあいっか』って思うようにしてる。理想を折られたとき、立ち直れなくなるのはいやだからね。妥協は心の自衛策なんだよ。理想ややりがいが無い人間には、無い人間なりの要領ってものがあるの。そんで妥協して選んだ仕事の中から棚ボタ的に、やりがいとか夢とかを見つけたり、自分を成長させたいと思えるところを見つけることができたなら儲け物だろ? 自分から無理しなくても、マイナスが勝手にプラスに転じるんだから」

普段通りのヘラヘラとした語り口で説かれたのは、自分の精神をごまかすための、力技ギリギリの理屈でした。しかし上司のその言葉は僕に、少しばかりの勇気を与えることになります。
それで仕事がすぐに上達するわけでも、失敗しなくなるわけでもありませんが、少なくとも上司から話を聞いた翌日からは仕事で思い悩んで停滞することは少なくなり、それに合わせて失敗もどんどんと減っていきました。

Semi Truck during sunset

それまで仕事に対する自信や尊厳の喪失は、プラスに働かせた気の持ちようで乗り切るものだとばかり思っていた僕にとって、マイナスの感情や選択で自分の心をガードするというのは、弱い人間の言い訳にしか過ぎませんでした。妥協というのは誰にとっても『したくなくて当たり前のもの、積極的にしようと思ってはいけないもの』でなければならないと。しかし当たり前ですが自分だって他人だって、いつでもポジティブな気分や状況ではいられません。

自分の気持ちがすり減って屈折していたこの当時、上司からの言葉を得ることで、僕は『妥協した自分の仕事を嫌い、妥協を言い訳にした自分を嫌いになる』という最悪のループを回避することが出来ました。まあ妥協してることだしいっかーという姿勢で仕事をすることは、見る人によっては『最低』ですが、本人にとって『最低限』をキープする生き方でもあるのです。

追いたい夢や理想の形がぼやけているうちは、自分が不幸にならないレベルの妥協点をうまく見つけて、とりあえずできそうな仕事に就いてみるということはよくありますが、その妥協は決して悪いことばかりではなく、いつか自分の心を守る盾として使える日がくるかもしれません。特に、就きたい仕事にも就きたくない仕事にも就けるかどうかわからない今の時代、仕事で幸福になる自信や意欲がないうちは、いくら意識を低く持っても構わないから、せめて気持ちの面だけでも仕事で不幸にならないように付き合ってく。

転職といえば自分の求めていたものを増やすステップアップの印象がありますが、いろんなところを妥協してでも

『自分にとっての不幸を減らす方向へ転職する』

という生き方も、アリなのではないでしょうか。

著者プロフィール

hoshii100

星井七億

会社員兼ブロガー。小説ブログ『ナナオクプリーズ』で「桃太郎」や「走れメロス」などを面白おかしくいじった記事を書き続け、ちょっとだけ話題になる。

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