優秀な人材にありがちな病気――躁うつ病に気をつけろ!

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精神科医として働きながらブロガーやっているシロクマ(熊代亨)と申します。

転職とメンタルヘルスというと、皆さんはまず、うつ病を連想されるのではないでしょうか。転職して間もない頃は慣れない仕事や人間関係がストレスになりやすく、うつ病に気を付けたほうが良いのは事実です。

しかし、転職でありがちな精神疾患はうつ病だけではありません。「うつ病だと思ったら他の精神疾患だった」という顛末は今では珍しくもありませんが、これから紹介する躁うつ病(双極性障害)もうつ病と間違えられやすく、転職先でトラブルになりやすい精神疾患のひとつです。

症例紹介

Aさんは32歳の技術営業職。「魅力的な人柄」「仕事のできる人物」との評判から、好条件で転職しました。ところが転職後まもなく気分が塞ぎ込むようになり、仕事が手に付かないと悩みはじめました。ゴールデンウィーク明けに駅前のメンタルクリニックを受診し、うつ病と診断されて、抗うつ薬による治療が開始されました。

治療が始まって三週間ほどで元気になったAさんは、6月からは遅れを取り戻すようなペースで働き始めました。もともと会話がうまく、知識も経験も豊富で、あちこちに顔の利くAさんは前評判どおり活躍するようになり、これで一件落着かと思われましたが、お盆を迎える頃に異変が起こります――Aさんは次第に協調性を欠くようになり、言葉遣いや金遣いが荒くなりはじめました。オフィスでは新しいアイデアを次々にまくし立て、自分の思い通りにならないと怒鳴るようにもなり、同僚から怖がられるようにもなりました。異変に気付いた上司が家族に相談を持ちかけ、Aさんは精神科病院を受診しました。そこでは躁うつ病の躁状態と診断され、1か月の入院治療を勧められました。

幸い、躁うつ病に対する治療を受けたAさんは順調に回復し、職場復帰した後は持ち前の能力で活躍し続けています。 

魅力的な人材と躁うつ病

「これまでの成績や実績は良好」
「人脈も豊かで」
「転職を志望する理由にも説得力が感じられる」

一般に、こうした特徴を持ち合わせた人は有能とみなされます。ところが、このような人材のなかには、躁うつ病の傾向を持った人がときどき混じっています。

躁うつ病になりたての人が、病気の勢いで転職を決めてしまった

それまでは手堅く働いていた人が躁うつ病を発病し、初めての躁状態のテンションで転職を決意してしまうことがあります。躁状態というと、興奮したり暴れたりする症状を思い浮かべるかもしれませんが、初期段階では「ちょっとテンションは高めだけど、人好きがして頭の回転が速い人」といった印象を周囲に与えやすく、面接の段階では実力以上に評価されがちです。

もともと気分に波があって、マイルドな躁状態とうつ状態を繰り返していた

高い実績をひっさげて転職する人のなかには、これまでも緩やかな気分の浮き沈みがあって 《マイルドな躁状態のうちにたくさん仕事をする⇔マイルドなうつ状態にどうにか耐える》 を繰り返しながら働いている人が意外と混じっています。こういう人は杓子定規な職業には耐えられませんが、才能を必要とするけれども自分のペースで働きやすい職業との相性は良く、高く評判されている人も珍しくありません。

こうしたマイルドな躁状態がいつまでも続くなら、本人も周りもハッピーでしょう。しかしほとんどの場合、躁状態の後にはうつ状態がやって来ますし、Aさんのように躁状態がコントロール不能にまでエスカレートすると職場は大混乱に陥ってしまいます。

躁状態になりはじめたばかりの人は、魅力的で精力的で頭のまわる人物とうつるので、会ってみただけで病気と見抜くのはほとんど不可能です。気分が高揚しているため、本人にも病気の自覚はありません。うつ状態をきっかけに精神科や心療内科を受診した場合でさえ、自己申告では過去の躁状態の履歴がつかみにくいため、いったんうつ病と診断されて、後になって躁うつ病と判明するケースが多くあります。躁うつ病は抗うつ薬では治らないので、発見が遅れると「なかなか治らないうつ病」「うつ病っぽくないうつ病」と誤解されたまま、ズルズル長引いてしまいます。

躁うつ病は、うつ病以上に危険な病気

このように、躁うつ病は見つけにくく誤解されやすい病気です。初期段階のハイテンションが望ましく思えて、つい、未治療にしておきたくなる人もいるかもしれませんが、長く放置していると躁鬱の波が大きくなり、大変な事態に陥ってしまいます。

それだけでなく、躁うつ病には

お金を使いすぎてしまう

躁状態が悪化してくると、たいてい金遣いが荒くなります。ネット通販にのめり込むぐらいならまだマシで、借金して家やマンションを購入する人、FX取引を始める人、事業を始める人もいます。経済的な決断を躁状態のテンションにまかせてやってしまうので、たいてい無残な失敗に終わります。

信用を失ってしまう

躁状態になった人は、しばしば安直な約束事を繰り返し、気分のおもむくまま人間関係を広げていきます。真面目だったはずの人が浮気や不倫に走ることも珍しくありません。また、躁状態と鬱状態を繰り返しているとだんだん人が離れてしまい、最終的には仕事や家庭を失う人も珍しくありません。

高確率で自殺してしまう

躁うつ病の人は、うつ病の人よりも高い確率に自殺してしまいます。うつ病の患者さんは状態が悪化すると行動力も低下するので、将来を悲観しても“自殺を試みる気力すら残っていない”ことが多いのに対し、躁うつ病の患者さんは躁状態とうつ状態の合間に悲観と行動力が両立しやすく、その時期に自殺を試みてしまうことがよくあります。

といった特徴があります。

お金や信用を失えば社会的生命が絶たれてしまいますし、命を失ってしまえば元も子もありません。これらはうつ病にもついてまわるリスクですが、躁うつ病、特にうつ病と勘違いされたまま放置されている躁うつ病の場合は、リスクが劇的に高まってしまいます。

よく手当てをすれば活躍する人材が多い

ここまでお読みになって、「躁うつ病は絶対に避けなければならない」と思う人もいるでしょう。事実、躁うつ病は恐ろしい病気ですし、本人のためにも周囲のためにもできるだけ早く治療を行うべきです。

だからといって、躁うつ病を“不治の精神病”とみなすような偏見は持たないでいただきたいものです。

さきほどのAさんのように、躁うつ病は、とりわけ早い段階で治療を開始すれば、適切な対処で再発を防げる病気です。再発防止のために服薬を続け、不摂生をできるだけ避ける必要はありますが、手当てがしっかりしていれば大丈夫です。

それと、躁うつ病は職場の第一線を担う人に出現しがちな病気でもあります。

リーダーシップのある人、ここ一番の集中力に勝る人、機転や洞察に優れた人、人当りが良く包容力のある人、熱意をもって仕事に臨める人 etc……。

こういった、社内で評価されやすい人が躁うつ病にかかることは、意外と多いのです。世間では「うつ病は誰もがかかる病気」と言われますが、そんなことはありません。ある種の優秀な人々は、どうやら、うつ病を飛び越して躁うつ病になってしまうことが多いようなのです。

逆に考えると、「優秀な人が集まってくる職場には、メンタルヘルスを損ねた時に躁うつ病になり得る人が混じっている」とみなしておいたほうが良いでしょう。

精神科外来で躁うつ病の患者さんを診ていると、もともとは素晴らしい働き手だったにも関わらず、病気の発見と手当てが遅れた結果、仕事も家族も能力も失ってしまった人が混じっています。きちんと手当てをすれば大活躍するはずの人材を失ってしまうのは、本人にも職場にも痛恨の損失です。うつ病を警戒するのも大切ですが、やけにテンションの浮き沈みの激しい人にも注意を払って頂きたいと思います。

著者プロフィール

shirokuma100

シロクマ(熊代亨)

【精神科医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、ブログ『シロクマの屑籠』で社会適応やサブカルチャーについて発信中。通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など】

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